こじらせ女子の末路

非倫理的社会不適合者です。

「付き合う」ってな〜に?

先週久しぶりに会った大学時代の友達から衝撃的なヒトコトを頂きました。去年入籍したばかりの新婚の彼女…。暇つぶしだと言って独身男性と遊んでいる私に喝!
私「既婚者だって言ってるのに告白されるねん。」
友「遊ぶな!お前は“未婚女子のチャンスを奪っている”ことをもっと自覚しろ!」
わお。私ってば知らず知らずのうちに未婚女子のチャンスを奪っていたのね!と。

未婚女子すいません。
でも私は、やめません。
自覚だけします。
でもやめません。(クズ)
飲みに誘われればいきます。
カラオケ好きなのでいきます。
ホテルは気分です。
でもお付き合いはしません。
私としてはそれが独身女性への配慮なのです、私なりの。

そんなお説教話の中、そもそも付き合うってなんだよ?とか言い出した面倒臭い奴がいて…「“付き合う”とはどういうことか?」を考える運びになりました。

なぜ男女は“付き合い”たがるのか?付き合うとは一体?
私「SEXパートナーを固定しないと性病が蔓延するからかなあ⁈」
一同「だまれ」「クズ」「ゴムつけろ」

真面目にお答えすると私の個人的な意見はこうです。
“付き合う”ことで付き合う前と具体的に何が変わるかというと、「彼女」「彼氏」という名称を手に入れれるということです。この名称は周りに誇示できるものです。このことは周りへの“牽制”につながります。こいつは俺の(私の)ものだからな!といったように。つまり、「束縛したい」「独り占めしたい」という気持ちがあるということ。そのため「付き合いたい=束縛したい」となるのかしら?と私は考えるのです。
そういう私は現在クズ度わりと高めな女であるのですが、独身時代…天性のクズ男精製機であり、付き合ってきた方々にほぼ100%浮気されていました。浮気され続けていると初めは泣き叫んで嫌がるんですが、何年も繰り返されると感覚が麻痺してきてどーでもよくなってきます。そのうち“浮気なんて大したことない”と思うようになり自分までクズになりました。こんなことが我が身に起こるとは!クズって感染するんですね。浮気が必然な状態であるクズにとって、束縛なんて不可能。そんな私は“付き合う”ということに意味を見い出せなくなり最終的に「付き合う」ことを放棄するように…。

karekano-love.com
付き合う3つの意味

  1. 定期的に会う、連絡する
  2. 他の異性とデートをしない
  3. 体の関係を持つ

eurek.jp
hasunoha.jp
ここでは恋愛は結婚のお試し期間と言われています。恋愛の先に結婚を考えている人々が「付き合う」形をとると。結婚が当たり前でなくなってきている現在「付き合う」事に意味を見い出せない人間は案外多くなってきているのかもしれません。

女が結婚をあせる理由

twitter.com
SK-2の広告の動画を見ていてふと思ったんですが。
女がなぜ結婚をあせるのか?について…もうこれは答えがかなり明確ですね。

『出産できる年齢が限られているから』

この答えがほぼ大半かと。
人は人生80年も寿命がある中で生殖可能な年齢があまりにも短いと思います。その一生涯をともにするパートナーを20〜30歳という10年あまりで決めろというのは、なんとも言い難い。子供を産む年齢に関しては、今は高齢出産も増えてきましたが、それにしても健康な子どもを産めるかというリスクについてはは未だにクリアできていません。35歳を超えると障がい児が生まれる確率が上がります。私自身子どもができた当時、子供は欲しくなかったのです。でもこれは今だけの気分なのか今後気持ちが変わるのか確信がもてず(人間の心はたえず変化するため)、40過ぎて欲しくなっても遅いな〜と。“子供は一生いらないという意志”を貫くことができるか確証が持てなかった私は、子供には失礼ですが自分のエゴのみで産むことを決めました。まー人間はワガママな生き物で(特に私はワガママすぎだ)ないものねだりしがちだから、きっと子どもがいなければ欲しい欲しいと言っていたかもしれませんね。

男性は何歳になっても大丈夫!とか思っている方は目を覚ましてくださいね。男性も40歳を超えると奇形児のリスクが一気に上がります。「結婚は35歳過ぎてからでいいかな〜」なんて甘いことを言って40歳過ぎちゃった系おじさんが私の周りにウヨウヨいます。男性側が腐った羊水(倖田◯未が言って問題になりましたね)お断りなのと同じく、女性だって腐った精子はお断りなんです。子供が欲しくて結婚がしたい方はそこら辺を考えて早めに手を打ちましょうと言いたい。

でもSK-Ⅱの動画の女性は子供は欲しいが「子供を産むために結婚するわけじゃない」と言ってるんですよね〜。まあ婚姻関係を結ばずに非嫡出子として育ててる方もいらっしゃいますのでこだわる必要はないとは思います。ただただ今の日本はそのような方への風当たりはまだ強く、どうしてもマイノリティな存在になってしまい生きづらいことが多いでしょう。
年齢、結婚、出産…どれも切っても切れない関係の話だなあと。

友達ならばちゃんと言うべきなのか。

何でもかんでも素直に言葉を相手に伝えるのは正しいことでもなんでもなく、時と場合によっては相手をただ傷つけるだけの迷惑行為だと思うのです。

「正しいことは言って良い」と親に育てられたからといって、素直にブスにブスと言い続けた結果、中学3年間女子から全力でいじめられぬいた私です。バカだったなあ!

 

話は変わり、少しレベルが低くアホくさいと感じる方がいるかもしれないことを先にお詫びしておきます…。

友人A子に最近彼氏ができたらしく、彼女からは「今度紹介するね」と言われており、実際紹介される機会があったイベントに私が参加しなかったりなんかで、その友人彼には会えずじまいでいました。(特に興味もなかったですし)

そんなある日、A子との共通の友人(男性)たちと遊んでいると「A子の彼氏の家でパーティーしてるから暇だし参加しようぜ」という流れになりました。言い出しっぺの友人に「A子はいるの?」と聞くと「たぶんいると思うよ!」とのこと。じゃ、行こっかな〜なんて軽い気持ちでお邪魔したのですが…A子彼氏宅に着いてみると、知らない女の子ばっかり…そしてなぜかA子がいない…。ううむ、帰りたい。だが来たばっかりだ。とモヤモヤしながらもその会に参加することに。

A子はその日はいなかったらしく(A子に直接連絡とらなかった私が悪いんですが)、A子はいないが一応A子彼氏さんに挨拶をする私

「あ…A子の大学からの友人のこじらせです(ぺこり)」

それに対する反応がなんかよろしくない。

周り「A子って誰?」

A子彼氏「顔がでかい女。25歳とか言ってるけど見た目30以上のババア」

なんなんだこの男は?!友人だと挨拶した私がいるにもかかわらずA子のことをdisりだした。確かに昭和時代の生まれであるにもかかわらず25歳とサバを読むのはやりすぎだと思いますが、この彼も失礼すぎます。不穏な空気を読みとりながら話をしていると、どうもこのA子彼氏はA子のことを彼女だとは思っていないよう…それどころか別にしっかりと彼女(A子ではない)がいるという話を聞きました。これはどう本人に伝えるべきか…と悩みながら帰宅し、とりあえずA子に彼氏の家にお邪魔したことと、行くことになった経緯をともに伝えました。するとA子激怒「彼氏の家に勝手に行くなんてひどいよおおおお!?!?」と。そもそも彼氏じゃないようですが…それは置いといて。事前にA子がいるか確認をしなかったのは確かに悪かったと思いましたし、“彼氏の家に女友達がいく”ことは気持ちのいいものでないことは理解できるため謝罪しました。そして大勢で行ったことや、一人だけ抜けれない状況であったことなどを考えて許してくれるかな〜と思っていたのですが、A子の怒りはおさまらず怒りのLINEが続々と…。ううむ…わが友人ながらだいぶ面倒くさい!こんな状況の中、彼の家で聞いた話をしたところで聞く耳を持たないだろう…と思った私は続々と届く怒りのLINEを既読スルーすることにしました。

翌日返事がまったくないことに不満を感じたA子から電話がかかってきました。少しは落ち着いたかな〜なんて思いながら電話に応じたのですがまだプンプンな模様。話を聞いてるうちに少し落ち着いたA子。わかったのが、A子も彼女扱いされていないことは自覚している(じゃあ彼氏なんて言うなよ)けれども彼のことが好きで、そのためストレスが溜まっているようでした。30超えて何やってんだ!なんて言わないであげてください。年齢が高いからといって精神年齢が高いとは限らないのです。その電話で私が話したのは、彼はA子のことを彼女とは言わなかったこと、世間で言われるダメオ代表(無職のアラフォー)男性であるためやめたほうがいいんじゃないかということでした。

 

そんな彼女に彼氏が言っていた話の詳しい内容を伝えるべきか否か?

ダメな男であることは十分わかっていると思います。しかし“彼女扱い”されてないにもかかわらず自分が彼女だと周りに言いたいくらい彼のことが好きで諦められない。頭で理解していても気持ちがうまくコントロールできない感覚はわからなくもないです。A子は精神年齢が幼いことに加え、入院経験も過去にあるくらい精神的に弱い部分をもっていることを私は知っています。普通なら常軌を逸したと思うレベルの怒りLINEも許せるのは私が彼女の過去を知っているからこそなのです。

「友達ならばありのままを伝え彼と別れさせるべきだ!」と言う方もいますが、そんなことで諦めがついていたらとっくの昔に別れているでしょう。心が強く賢い人ならば私も伝えます。ですが精神が幼く脆いA子が、自分が裏で好きな人にひどく言われていることを知ったら、どうしようもなくただただ死にたくなるだけなんじゃないかなと。伝えてどうなるかは伝えてないからわからないけれど、状況が良くなる確率が低いのならば伝えるべきじゃないと私が判断した次第です。

 

30過ぎたおばさんと40間近のおじさんの間で繰り広げられる、加齢臭漂う香ばしい恋愛(わりとA子の一方的な)話でした。

鮭フレークとあさげと私。

お題「朝ごはん」

私は現在は「朝ごはん食べない派」であります。起きる時間が遅いため、空腹を感じるのは海外でいう「ブランチ」といった具合の時間にいつもなってしまいます。

 

そんな私の朝ごはんを毎日食べていた時期…それは小学校の時代まで遡ります。小学生の朝ごはんといえば、”母親が作るのが普通である”と大概の人は考えるはずです。ですが、私の家庭は両親が共働きであり、母親が極端に朝が弱いため、朝ごはんは”自分で用意するもの”でした。

 

学童期の私は割と器用でとっても素直であったおかげで、親に教えられた通り

炊飯ジャーからご飯をよそう

・ポットの湯を使い、あさげ(インスタント味噌汁)を作る

・納豆or漬物orふりかけを用意する

 

と、上記のように朝ごはんは自分で用意しておりました。簡単なことですが今の小学低学年の子は何割の子が同じことができるでしょうか?トトロに出てくるさつきちゃん(小学6年生)なんかはお弁当まで作っているのでもうスーパー小学生ですよね!

この時の毎日の朝ごはんのおともに好んでいたものが、そう”鮭フレーク”。こいつさえあれば完璧です。何を隠そう私「白いご飯が大嫌い」という日本人にあるまじき人種であり、おかずやふりかけがないと白いご飯が食べられないのです。そんな私の愛すべき救世主ともいえる”鮭フレーク”。こいつのおかげで学童期の私の1日の始まりが、少しの喜びとともに健やかに始めることができたのだと今でも確信しております。

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毎日食べても飽きない…また鮭フレークとご飯の相性は抜群であり、むしろご飯がなければ鮭フレークの存在は意味がないのでは…?ご飯がなくてはならない存在であると感じさせてくれたのは、そう!鮭フレーク!鮭フレークだったのですよ!!!!!

 

なんて、エクスクラメーションマーク(!)を多用しまくっちゃうくらい、私の朝ごはん人生において鮭フレークは重要な存在であったといえます。そんな鮭フレーク、意外と1瓶のお値段がけっこうするんですよ。この部分については親に感謝ですよね。鮭フレークとの出会いを私に与えてくれて、鮭フレークとともに学童期を過ごさせてくれて本当にありがとう。

Thank you so much four 鮭フレーク!!!ああどうしよう、鮭フレークへの愛が止まらない…。

 

 

飽きられる女というものについて考えてみた。

「すぐ彼女に飽きちゃうんだよな〜なんでだと思う?」と知人のバカ男が聞いてきました。私自身も少し思うところがあったので考えてみることにしました。

 

まず”飽きる”ということはなぜ起こるのか?
wired.jp

人間の脳は新しい情報を強く欲するようにできているようです。特にすでに知っている「古い事実」を更新し「新しい事実」にすることに関して、快感が伴うつくりになっているようであります。よって古い情報のみのものに関しては興味がなくなり、”飽きる”といった現象が起こるのだそうです。人間そのものの元からの脳のつくりであるということですね。

 

では、飽きられる女とはいったい?

matome.naver.jp

多数のサイトを見た結果、だいたい同じことが書いてあり、飽きられる女のその特徴としてこのようなことがあげられています。

・趣味がない

・従順すぎる

・見た目の雰囲気がずっと変わらない

・好きアピールが多すぎる

・話題の引き出しが少ない

このような女性はたくさんいると思うんですがね、記事を書いた人たちからするといわゆる「つまんない女」とでも言いたいのでしょうか。この趣味がなく雰囲気が変わらず、話題の引き出しが少ないという点に関しては、前述した「脳が新しい情報を求めている」のに「古い情報しか提供できていない」ことになり、結果”飽きられる”ということにつながるわけです。従順すぎるということも、返事が「YES」のみであるということであれば「変化がない」ということになり”飽きられる”一因となるのでしょう。

 私個人の話になりますが、私もいわゆる”飽きられる女”であったといえます。上記の5点は5点ともバッチリ当てはまっていました。運動音痴でなおかつ体を動かすことが嫌いなためスポーツなどはしない、趣味といえるような熱中できるものがない。年上の方とばかりお付き合いしていたせいかあまり反論はしないでいましたね。見た目…これに関しては私の服装が好きではないとよく言われていました。いわゆる量産型スナイデル系女子ですね。好きアピールは忠犬ハチ公と言っていいくらい犬のように尻尾を振ってました。話題の引き出しについては…若く経験自体がそもそも多くないということや、無趣味であることから話題性は乏しかったかもしれません。趣味=彼氏といった感じでしょうか。

そんなつまらない女であった私は一定の期間が過ぎると、飽きられていたのだと思います。あと彼氏が好きすぎてもれなく鬱陶しくなってくるという。そして大概むこうから別れを切り出されていました。特に当時の「好きアピールが多すぎる」というのは本当に良くなかった行為だと思いますね。相手に「どうせこいつは離れていかないだろう」と思わせ、図に乗った行動をとらせがちになります。

 

 じゃあ、飽きられない女ってどんなの?
mdpr.jp

・完全に手に入ったと思わせない

・話題が尽きない

・尽くしすぎない

・恋だけに生きてない

・いつまでも変化を忘れない

過去の純粋一途だった頃の私がこの5項目を見て言っています。

「それって相手のこと好きじゃないよね…」

「この”完全に手に入ったと思わせない”なんて、どうすればいいのよ!?」

クズ代表である現在の私の答えはこうです…常に複数人とお付き合い、またはそれに近い行為をすれば良いのです。自然と彼は疑心暗鬼になって追いかけてくるでしょう。ふふふふふふふふ。好きな男がいても他の男とたまには寝ておけってことですね。まーバレないようにですが。

あと、飽きさせないために自分をバージョンアップし、絶えず新しい情報をアウトプットするってどーなのよ。かなり疲れると思いません?私はなぜだか30歳を過ぎてなお趣味が増え続けていますが…(時間とお金の使い方が上手くなったからかしら)むしろそこまでしてつなぎとめたい男性ってどんなだよ!!!そんな男いないわ!

なんてだんだん荒ぶってきたのでこの件に関してはここまで。飽きられない女って最高にモテるかもしれませんが、多分相当のクズですよ。あとそんな女性は結婚には不向きだといえるのも間違いないでしょう。
 

彼氏と男友達の違いについて。

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よく、過去の恋愛に関する記事で「男はフォルダ保存、女は上書き保存」なんていうのを目にします。

私は一応生物学的にメスに分類されるのですが、、、過去の恋愛に対しては“フォルダ保存型と上書き保存型の総合型”であるのだと思います。好きになる理由がだいたい“顔”であるため、性格がいくら悪かろうとお金がいくら無かろうと関係なく好きであった私は、別れた現在も顔さえ変化がなければ好きな気持ちが戻ってくるわけです。過去のフォルダからひっぱりだし、連絡をとったり会ったりすることもしばしば。

で、す、が!困ったことに男性のお顔の劣化は著しい、、、。特にご結婚されてから会ったりすると、ぶくぶくに太って醜くなっていらっしゃる方が多く、げんなり。萎えてセックスせずに帰ります。ここでやっと「こいつはブス!会う価値なし」と上書き保存されます。

そして話しは変わりますが…

私は男友達(真面目な話をする相手、たまに哲学的な話もし合う仲)と彼氏(セックスの対象)が全く別モノの人間です。男友達はとても人間的にステキな方たちばかりなのだけれど、いかんせん容姿が醜い。なのでセックスの対象にはならないんです。本当は深い話もできて性の対象にもなる方とお付き合いをする、というのが相応しいのだろうけど、そんな見た目も中身も素晴らしい人間と付き合えるほど私自身の見た目がいいわけではないし、教養も浅いレベルで自慢できるものではありません。なので、話相手とセックス相手は別になっちゃうんですよね。寄ってくる人間を見ると「自分のレベルがそれまでである」ということをありありと自覚させられます。自覚はあっても生理的にムリなものはムリなわけで、、、性の対象を顔でしか受け入れれない私は諦めて、話のできない顔だけ男と寝ることを選ぶわけです。

結婚相手?中身も見た目も選んでませんよ。金銭面がそこそこあり、いかに奴隷的に私の言うことを聞くか、この部分に特化したスペックをもつ人間を選びました。

先日友人に「旦那のチンコ何センチ?」と聞かれたため「元気なときで7センチ」と答えると「え〜〜〜よくそんなので満足できるね!我慢できない!」と言われてしました。普通のご家庭は「旦那=セックス対象」ですものね。そもそも私はセックスの対象として選んでないわけで(そもそも顔がムリな件)、セックスは別の相手とすればいいと思っているので全く問題がないのですが…。(法律的には問題がありますがね。)

顔も良くて話も合う、かつチンコも満足できてお金ももってる!人が私を選んでくれるなんて到底思えません。そんなパーフェクト人間が私を選んだ時点で、視覚機関か脳の系統に欠陥があるのでは?と疑いますね。まぁ、そんな人間に出会ったことなんてないんだけども。

精神的成長は必要か?という件について

このところ天気が悪くて“外出したくない病”にかかっている私は、小難しい哲学者にでもなった気になって考えごとばかりしています。

30代もそこそこになり、自分は果たして20代の頃よりも精神的に成長しているのか?と、ふと考えました。そもそも「どういった変化が精神的に成熟しているといえるのか?」についてですが、Google大先生に聞いたところ

『人間として“成熟している”というのは、たとえば相手が間違ったことを言ったりやったりしても、それを早急に咎(とが)めたりしないことができる、ということです。

まず何よりも相手に気持ちや意見を聞くことができる。つまり、相手の「時間」を作ってあげることができる。そういう対応ができることが「人として成熟している」と言えます。』

他には

『一つの例を出すと、グレーゾーンの容認という部分もあります。精神疾患者の多くや、幼稚な人は、判断基準が良いか悪いかの二択しか存在しないケースが多いです。成熟するにつれ、グレーなー部分が増えてきます。』


だそうです。自分にとって都合のいい意見しか取り入れてないじゃないか!と言われればそれまでなのですが、とりあえず精神的成熟とは「相手をありのまま受容(できるかどうかは別にして)しようとする態度をもつこと」「良いか悪いかの二択ではなくグレーゾーンを容認できる価値観を持つこと」であるとします。

この観点から考察すると、私は精神的に成熟できている方だといえるでしょう。この2つの考え方については20歳の頃は全く1ミリも持っていませんでした。なぜならそれまでの私は「自分は“正義”であり、正しいことだけをやってきた」と自負していたからです。あの頃の私は“悪”は全てが悪いもので、そうでない“正しい”自分は素晴らしいと信じていました。

若いから汚いものを見たり汚いことをせず生きてこれた結果でしょう。自分を綺麗な存在だと信じており、それはそれで幸せだったのかなとも思います。今考えるととっても浅はかな考え方なんですが。

年齢を重ねるにつれ、人生を綺麗に生きることを諦めたり自暴自棄になり人を傷つけてみたりを繰り返し、自分が綺麗な“正しい”存在だと思わなくなったところで、ようやく「他人をゆるす」ということができるようになってきました。

本題の精神的成長の必要性についてですが、精神的に成熟してない方は沢山います。私の親も然り。このまま成熟せずに生きていても良いんじゃないか?と思うところですが、精神的成熟を伴っていないとどうなるか?

まず、精神的未成熟な親に育てられた私はとても辛い想いをして大人になりました。そして自分自身も「正しい」ことのみを正しいとする考えのもと生きることとなり、他者を許せず、受容することもできず、20代後半までとても精神的に不安定な人生を送っていました。他者を許せないためトラブルが多かったですね。

私のことはほんの一例に過ぎませんが、精神的に成長しないととにかく生きるのが辛いです。そして親であるならば、子どもにとって悪影響であるといえます。会社ならば同僚や上司、部下との付き合い方が上手くいかないこともでてくるかもしれません。人は“社会”というものの中で生きています。その中では人と関わることが“絶対”であるため、他者をゆるすという精神的成熟が大切だと言えるでしょう。

と、色々考え「精神的成熟は必要である」という結論に至った次第です。思い過ごしかもしれませんが、少しは自分も成長しているのだと思いたいものです。